殊能 将之|しゅのう まさゆき|1964年1月19日 - 2013年2月11日は、日本の推理作家。生前は覆面作家だったが、死後、本名:田波正と発表された。
福井県出身。福井県立藤島高等学校卒業。高校時代から『SFマガジン』の石原藤夫のコラムなどに登場し「福井の天才」と呼ばれる。
名古屋大学理学部中退。在学中は名古屋大学SF研究会に所属し、SF、ミステリ、アニメなどの評論を発表。名古屋で勤務していたSF評論家中村融と親交を結ぶ。のちに中村は「知人」として殊能の日記に頻繁に登場することとなる。このころ、F.M.バズビー「きみの話をしてくれないか」を北沢克彦名義で翻訳。後に巽孝之編『この不思議な地球で』(紀伊國屋書店、1996年)に収録された。
大学中退後に上京。セミプロジン『SFの本』の編集長だった志賀隆生主催の編集プロダクション「オブスキュア・インク」に勤める。このころ、多数の個人ファンジンを製作。その後、体調を崩して退職して帰郷。作家デビュー後も常に福井在住だった。
1999年、殊能将之の筆名で『ハサミ男』で第13回メフィスト賞を受賞してデビュー。
断片的な情報以外一切の個人情報を明かさない覆面作家であった。ペンネームは、『楚辞』の一編、屈原「天問」の“殊能将
レ之”(しゅのうもてこれをひきいたる=特殊な才能でこれ“軍勢”を率いる)という言葉からとられた。
独特のセンスと問題意識からくる創作法を持ち、博識とサーカズムを織り交ぜつつミステリの定石を組み替えるスタイルを得意とする。例えば「キマイラの新しい城」の巻末には大量の「参考文献」表示があるが、文庫版の解説を担当したSF評論家福本直美は「手元にある参考文献に目をとおしたが、この作品の内容とはほとんど無関係であり、それがこの作家の独特なところである」としている。
公式サイトの日記から、SFとミステリ(特に本格ミステリ)の熱烈なマニアだとわかる。特に愛好するのは、アメリカの作家であるアヴラム・デイヴィッドスンと、フランスの本格ミステリ作家ポール・アルテ。デイヴィッドスンについては、日本オリジナル短編集『どんがらがん』の編者を担当した。アルテについては、原語でいくつもの作品を読破し、読書日記においてその感想を述べたほか、作品の順位付けも行った。
蘊蓄や言葉遊び、創作料理を好み、作品にもそれらがガジェットとして登場していたが、自身の公式サイトを持ってからはその傾向はなくなった。
短編「キラキラコウモリ」(『ウフ.』2008年5月号掲載)以降、作家として公の活動はしていなかったが、公式サイトの日記(「memo」と称していた)やTwitterは頻繁に更新していた。
2013年2月11日死去。1964|1|19|2013|2|11。同年、名古屋大学SF研究会から『Before mercy snow 田波正原稿集』が刊行された。
2015年に刊行された『殊能将之 未発表短篇集』の巻末に収録された大森望による「解説」で、「田波正」としての詳細なプロフィールが紹介された。2016年、『殊能将之 読書日記 2000-2009』が第47回星雲賞ノンフィクション部門の参考候補となった。
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