佐藤 洋二郎(さとう ようじろう、1949年〈昭和24年〉6月 - )は、日本の小説家。元日本大学芸術学部教授。
福岡県生まれ。中学校から島根県で過ごす。1974年中央大学経済学部卒業。大学を出たのち、公認会計士になろうと簿記学校に通っていたが、小説を書きたいという思いから熱が入らなかった。25歳の時、慶応義塾大学に通う弟妹らが読んでいた『三田文學』に新人の投稿窓口があるのを知り、初めての小説「湿地」を書く。同作は投稿の一年後に掲載され、作家になろうと決心する。
以後、十年以上没原稿が続く(エッセイ集『人生の風景』『沈黙の神々I・II』などに収録)。その頃、立松和平と知り合う。立松からは「中上健次は毎月、北方謙三は二か月に一度、持ち込んでいる。おれは三か月。きみはもっと少ないからデビューが遅いんだ、それにおれたちには妻子がいるからな」と言われ、心構えの違いを思い知らされて奮起する。
その後、『河口へ』(集英社)や『夏至祭』(講談社)で注目され、作品発表の場を広げる。この当時は荒々しい筆致で、骨太な作家として取り上げられることが多かった。人間の生きる哀しみと孤独をテーマに、「本能」や「業」ということを強く意識した作品を多くものしている。また、人格は風土がつくると考え、自分が生まれ育った九州や山陰、及び東京・千葉などを文学磁場としている。近年は古代史や歴史の作品も多い。
1994年から関東学院や青山短期大学などで非常勤講師を務めたのち、1998年から日本大学芸術学部で教員をしていた。2020年に退職。こどもの頃から知らない土地を歩くのが好きで、放浪癖があり、思想的背景はないが、全国の神社、離島巡り、居酒屋探訪を趣味としている。神社は数千社、離島は100島以上歩き、『沈黙の神々I・II』(松柏社)、『島の文学を歩く』(書肆侃侃房)など新聞や雑誌に掲載されたものをまとめたものがある。とくに神社は正史と違う稗史が見えておもしろい。また「一遍上人絵伝」の中の60数か所すべての土地を巡ったり、親鸞の足跡を訪ねて全国をまわるなどした。
小説に土地と恋愛をテーマにした『神名火』(小学館文庫)『未完成の友情』『恋人』(講談社)、短編集に『忍土』『坂物語』『東京 』(講談社)『ミセス順』(文藝春秋)『東京ブリッヂ』(ジョルダンブックス)、長編に『グッバイ マイラブ』(東京新聞社)『夏の響き』(集英社)『前へ、進め』(講談社)、そのほかの作品集に『妻籠め』(小学館)『佐藤洋二郎小説選集1・2』(論創社)などがある。 現在、日本文藝家協会常務理事・日本近代文学館常務理事・日中文化交流協会理事・舟橋聖一文学賞及び青年文学賞選考委員・日大文芸コンクール選考委員・漂流紀行文学賞審査員・「季刊文科」編集委員などを歴任。
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