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平岩弓枝

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経歴

平岩 弓枝(ひらいわ ゆみえ、1932年3月15日 - 2023年6月9日)は、日本の小説家、脚本家。
長谷川伸門下。『鏨師』(たがねし)で直木賞を受賞。次いでテレビドラマの脚本家として多くのヒット作を生み出した。その後小説の世界に戻り、女の生き方を描いた国際色豊かな家庭物や恋愛物、推理物で人気を集め、やがて時代小説に専念し永く活躍した。代表作の『御宿かわせみ』シリーズは江戸情緒溢れる人情物語で、40年以上に及ぶ人気シリーズ、ベストセラーとなった。そのほか『はやぶさ新八御用帳』シリーズなどがある。
文化功労者、文化勲章受章者。位階は従三位。
thumb|150px|幼い頃の平岩(1939年(昭和14年)頃)
代々木八幡宮の宮司の一人娘として生まれた。代々木八幡(当時はRuby|代々幡町|よよはたまちと呼ばれていた)で大切に育てられた。7歳の時に疫痢にかかり死にかけたこともある。地元の渋谷区立富谷小学校および地元の中学校を卒業し東京の高校に進学。
なお、子供の頃、一人っ子で友達がいないの弓枝の遊び相手に、と親が考えて犬を飼ってくれて、小学生時代に渋谷区の作文コンクールがあり、その相棒のような犬のこと、学校に行く時は石段の下まで見送ってくれて帰るころにはそこに迎えに来てくれていることを書いて応募したところ入選して、両親が「この子は文才があるぞ」「この子は文学をやれそうだ」という雰囲気になったことが作家になるきっかけになったという。
太平洋戦争末期の1944年11月から終戦までアメリカ軍のB29で東京は激しく爆撃され焼け野原になり多くの人が亡くなり、実家は文京区湯島にあったのだがそれも焼けてしまい、親が「血筋が絶えてはいけない」と考え、1945年(昭和20年)つまり終戦の年に伯母の実家がある福井県に単身で疎開することになり。
戦後、大学受験のために東京に戻り幡ヶ谷に住むようになり日本女子大学附属高等学校に通い、そこで友人らと演劇部を結成して『安寿と厨子王』などをもとにした脚本を執筆・上演し。なおその頃の同期には河内桃子などがいた。日本女子大学に進学。
読書歴については、子どもの頃は全然友達がいなく頼る人は両親しかいなくて、父親が宮司で易経(古代中国の書物)を研究していて日本の歴史書の類もよく読んでいたので、子供の頃から自身も古事記や万葉集を一緒に勉強し始められた。これで日本の古典が読めたことは良かったが、父親は西洋文学に対して強い偏見があったらしく西洋文学はアンデルセンしか読ませてもらえなかった。大学に入るころ、つまり終戦後の日本では西洋文学を学ぶことがハイカラだという雰囲気になっていたのに自身は何も知らなかったが、幸い日本女子大の先生や同輩が良くしてくれて西洋文学を吸収する機会を得て皆に追いつくことができた。
1955年(昭和30年)に日本女子大学国文科を卒業した平岩は文学を志し作家戸川幸夫に師事、その後大衆文学の作家長谷川伸主宰の新鷹会に入会。新鷹会は文学の研究会で池波正太郎などの人気作家が名を連ねていた。長谷川伸から「小説というのは物語を書くもんじゃないよ。人間を描くんだ。人間は一人一人違う」と繰り返し指導され「平凡な人間こそ非凡なものを持っているんだ。それが見えるようになったときに初めて物書きの目はすっと開かれるんだよ」とも諭された。
新鷹会で同門の先輩の伊東昌輝と結婚し、夫は代々木八幡宮の宮司となった(伊東は平岩家の婿養子となり平岩昌利に改名し、代々木八幡宮の宮司を務めた夫の平岩昌利は東京都神社庁庁長、日本会議代表委員などを歴任した。娘の平岩小枝(こずえ)は代々木八幡宮の禰宜を務める。
1959年(昭和34年)、刀の世界を描いた『鏨師』が第41回直木賞を受賞。父親が刀剣鑑定家だったので、子供のころからいやおうなしに刀の世界を見ていたので、それを描いた作品だった。27歳で直木賞を受賞し執筆以来が殺到したものの、それまでに書き溜めた原稿も無く、宮司の娘として大切に育てられ「世間知らず、ものを知らず、不勉強、欲がない」という状態で、作品がうまく書けず困っていたところ、テレビドラマの脚本の以来が入るようになり、それについて師の長谷川に相談したところ「君はまだ小説家として蓄えるべきものを蓄えていない。何を書くにしても、大先輩やライバルがダーッと並んでいる状態だ。だがテレビドラマは今生まれたばかりで皆第一線に並び模索しつつ書こうとしているのだから、大いにやりたまえ」と助言され、テレビドラマを次々と手掛けてゆくことになった。なかでも1967年(昭和42年)から1968年に放送されたNHK連続テレビ小説『旅路』は国鉄職員とその妻を中心に平凡に生きる幸せを描き、最高視聴率56.9 パーセントを記録した。他にもTBS系テレビドラマ『ありがとう』シリーズ、『肝っ玉かあさん』シリーズ、TBS系東芝日曜劇場『女と味噌汁』シリーズ、『下町の女』シリーズやNHK大河ドラマ『新・平家物語』などのテレビドラマを書いた。平岩自身は「私はテレビドラマのおかげで救われた作家のひとりです。」と振り返る。テレビドラマ制作により、いろいろな人に会ったりいろいろな出来事にぶつかったりしたことで、"お宮の一人っ子の弓ちゃん" "世間知らずの弓ちゃん" ではない部分が次第に広がってきて、"作家としての蓄え"、"人間に対する見方の蓄え"ができてきたという。
再び小説に腰を据えて注力するようになり、小説を次々と発表するようになった。なかでも1974年(昭和49年)に発表した『御宿かわせみ』は人気作品となり自身の代表作となった。これは江戸後期の旅籠を舞台とした女主人を取り巻く人々を描く人情味溢れる物語で、何度もテレビドラマ化された。最初は同作品を長く書く気はさらさらなかったというが、物語の経糸|たていとにあたる人物の付属品が増えたり、緯糸|よこいとに当たる宿の宿泊客が経糸に加わってしまったりして、気づけば同シリーズの世界が広がり作品を次々と発表しつづけることになり、30年以上にわたるベストセラーシリーズ、新シリーズも含めれば40年以上にわたり続き累計発行部数1800万部を超えるシリーズとなった。
2023年6月9日、間質性肺炎により東京都内の病院で死去した翌7月に『平岩弓枝「御宿かわせみ」の世界』(文春ムック:オール讀物責任編集、文藝春秋)が追悼刊行された。
11月8日、都内でお別れの会が行われた。

受賞歴

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