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円地文子

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経歴

円地 文子(えんち ふみこ、1905年(明治38年)10月2日 - 1986年(昭和61年)11月14日)は、日本の小説家。本名は圓地 富美(えんち ふみ)。上田万年二女。戯曲から小説に転じ、『ひもじい月日』で文壇に地位を確立。江戸末期の頽廃的な耽美文芸の影響を受け、抑圧された女の業や執念を描いて古典的妖艶美に到達。戦後の女流文壇の第一人者として高く評価された。『源氏物語』の翻訳でも知られる。芸術院会員。文化功労者、文化勲章受章。
1905年10月2日、東京府東京市浅草区向柳原2-3(現・台東区浅草橋)に、父上田万年(38歳)、母鶴子(29歳)の二女として生まれる。1918年4月、日本女子大学付属高等女学校(現在の日本女子大学附属高等学校)に入学、変わらず歌舞伎や小説に耽り、谷崎のほか泉鏡花や芥川龍之介、ワイルド、ポーなど物語性の強い作家、特に永井荷風に熱中した。1927年2月小山内の演劇講座の聴講生となり、同人誌『劇と評論』に幾つか戯曲を書いた。1928年7月、長谷川時雨主宰の『女人芸術』発刊披露の会に出席、林芙美子、平林たい子、片岡鉄兵らを知った。この年はプロレタリア文学運動の全盛期であり、円地もその影響から一時左翼思想に接近、実践には加わらなかったが、片岡とは親しく交際した。10月『女人芸術』に一幕劇「晩春騒夜」を発表し、徳田秋声の賞賛を得る。小山内にも認められ、早速12月築地小劇場で初演されて好評を博すも、その最終日の25日に、小山内は、上田家(円地文子の実家)が日本橋偕楽園に招いた祝宴の席上で、狭心症のため急逝。円地は衝撃を受ける。後に、この時期の生活は『散文恋愛』『朱を奪うもの』などの自伝的作品に何度も描かれた。その後も、『女人芸術』のほか『新潮』、『文藝春秋』、『火の鳥』などに戯曲を書いた。
1930年3月27日、東京日日新聞の記者円地与四松(34歳)と結婚group="注"|当時世間的には与四松のほうが有名だった。以後小説への意欲が強まり、翌年1月には初めての小説となる短篇「社会記事」を同誌に発表。
1941年1月3日、海軍文芸慰問団の一員として長谷川時雨、尾崎一雄ら十数名と広州方面から海南島を廻って2月11日まで1か月余旅行する。1945年5月25日、中野の家が空襲に遭い、家財蔵書の一切を焼失。7月軽井沢の別荘に疎開し、同地で終戦を迎えた。冬を過ごした後の1946年4月、上京して母が隠居する谷中清水町17番地に戻る。戦後の窮迫生活を乗り越え、文壇に復帰しようとするも、11月子宮癌により東大病院に入院、手術を受けた。手術は成功したものの、患部が化膿し、さらに肺炎を併発、数度生死の境を彷徨い、以来療養は長く続いた。
ところで、戦後の出版ブームによって、この頃円地にも戦前の著作の再版が度々持ち掛けられていた。円地はそれらを全て断っていたが、例外的に、戦時中に刊行した少女小説『朝の花々』の再版(1947年偕成社刊)だけは了承した。だが、未だ文芸誌や綜合雑誌に執筆する機会には恵まれず、その中で『中央公論』の編集者笹原金次郎や古山高麗雄らと知り合いになった。次いで、私小説的作品『朱を奪うもの』(1956年5月河出書房刊、以下三部作で1969年第5回谷崎潤一郎賞受賞)も好評を博した。その後も旺盛に執筆。源氏物語、伊勢物語、更級日記、上田秋成もの、あるいは能面などを素材に、古典への深い造詣に裏付けられた円熟の筆致で、女の業や執念、老醜、人生の妖性や神秘性を描いて高い評価を獲得。『女坂』(1957年3月角川書店刊、第5回野間文芸賞受賞)、「妖」や「二世の縁 拾遺」などを収めた短篇集『妖』(同年9月文藝春秋新社刊)、『女面』(1960年7月講談社刊)、『花散里』(1961年4月文藝春秋新社刊)、『傷ある翼』(1962年3月中央公論社刊)、『小町変相』(1965年5月講談社刊)、『なまみこ物語』(同年7月中央公論社刊、第5回女流文学賞受賞)などの代表作を生み、文名を高めていった。とりわけ、傑作との評価が高い短篇「妖」は、円地の文壇的地位を不動のものとした作品である。また、『女坂』は、円地が1940年頃から構想し、1949年から8年かけて完成させた連作長編である。母方の祖母村上琴の半生をモデルに、封建制の下抑圧された女の自我と愛を描いたもので、掲載中は発表誌の『小説新潮』が中間小説誌だったために時評からは殆ど無視され、新潮社からは単行本の刊行を断られた。だが、角川書店から「角川小説新書」の一冊として刊行されると、圧倒的な世評を得てベストセラーとなり、また、11月の第5回野間文芸賞に当たっては、石川淳『紫苑物語』、野上弥生子『迷路』、三島由紀夫『金閣寺』、平林たい子『砂漠の花』、谷崎潤一郎『鍵』、吉川英治『新・平家物語』といった有力候補を押さえて当選(宇野千代『おはん』と同時受賞。)、さらに『読売新聞』年末恒例の「ベスト・スリー」では3票を獲得するなど、これによって円地は文壇内外から注目を集めることになった。さらに、『女坂』は"The Waving Years"の題で英訳(1980年)されて話題を呼び、その後『女面』と共に多くの大学の日本文学課程で学ばれる作品となった。
他方で『秋のめざめ』(1957-58年『毎日新聞』連載)『私も燃えてゐる』(1959年『東京新聞』連載)『愛情の系譜』(1960-61年『朝日新聞』連載)などの新聞小説や、『男の銘柄』(1961年『週刊文春』連載)などの週刊誌小説も手掛け人気を博した。
戦後は、戯曲を書くことはなくなっていたが、1955年6月『武州公秘話』(3幕9場)の脚色を手掛けたのを機に、他人の作品の脚色に手を染めるようになった。特に、菊五郎劇団との仕事が多かった。1956年4月3日母鶴子が老衰のため死去。
1957年1月15日アジア文化財団の招きで、平林らと共に7月24日までヨーロッパ各地を旅行した。1964年には、6月9日から7月20日まで、オスロで開催されるペンクラブ大会に出席するために平林らと共に再びヨーロッパ各地を旅行した。その後も1977年9月4日から22日までヨーロッパを旅行している。1970年、ハワイ大学夏期講座で女流文学の講演をするために7月10日から9月18日までハワイに滞在した。
1958年、平林の後任として女流文学者会の会長に就任、以後約18年間会長を務めた。なお、平林と円地は1935年頃からの親友であり、1958年には一緒にアメリカに行っている。
1967年夏、幼少の頃より親しんだ『源氏物語』の現代語訳に着手、文京区関口の目白台アパートに仕事場を定めた(訳業終了により1973年秋上野へ戻った)。5年半の歳月をかけた訳業は1972年に完成。同年9月から翌年6月にかけて新潮社より『円地文子訳源氏物語』全10巻が刊行された。その後も『源氏物語私見』(1974年2月新潮社刊)『江戸文学問わず語り』(1978年9月講談社刊)など源氏物語や古典をテーマとしたエッセイを発表する。なお、1972年11月26日、夫与四松が77歳で死去。
60代、70代

受賞歴

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円地文子関連つぶやき(自動取得のため関連しない情報も含まれることがあります)

bibun_n_botNo.164 (線)次の谷崎潤一郎を受賞した作家と、その受賞作の正しい組み合わせを選びなさい⇒稲垣足穂―少年愛の美学、円地文子―朱を奪うもの、水上勉―一休
BungakuNoAtama夏の頃、蓮の花の盛りに、御出家なさった女三の宮の御持仏開眼の御供養会が催される、この度は、御念仏堂を建立なさろうとの殿の御発願で、そのためにかねてからさまざまに心をこめてお揃えになられた調度を、そのままお飾りになり…紫式部(円地文子訳)「源氏物語 鈴虫」
ryou13318337小さな幸福、つつましい調和・・・結局人間が力限り根限り、叫び、狂い、泣きわめいて求めるものはこれ以上の何ものであろうか。─円地文子「女坂」
showa_g昭和を振り返る画像。『円地文子』プロフィールは→https://t.co/4GZzRkc9Jz#昭和#歴史#芸術文化 https://t.co/7cPuDE9JkZ
ayakko5178与謝野晶子、谷崎潤一郎、に続いて源氏物語を現代語訳した円地文子は、源氏を下敷きにした作品『女坂』で、夫(美男)の女性関係の尻拭いをし続けた妻が死の床で私の亡骸をざんぶりと海へ捨てて欲しいと言い放ちそれを聞いた夫の心に強烈な打撃を与える幕切れを書いた。→
meigenroku登らなければ、登りつづけなければ、決して坂の上へは出られないのだ。(円地文子『女坂』)
lhiver17菱田春草!朦朧体!菊慈童!円地文子!源氏物語!連想五連発。好きな作品と作家と世界。(´-`).。oO
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